
2025/11/12 05:35
サッカーや勉強等で、調子が良いときがありますか。
したいことがサクサク出来る。
これとは逆に、なかなか出来ないこともあるでしょうか。
今まで出来ていたのに急に出来なくなると慌てますよね。
何か忘れていることがあるのか。
すぐに思い出せるといいのですが、思い出せないこともあるかもしれない。
思い出せなくても焦らないように、記録をしているといいでしょうね。
記録をすることで、より記憶しやすいかもしれない。
感覚でボールを触る人は、その感覚を忘れると大変です。
忘れることがあるのか分かりませんが、念の為記録した方がいいでしょうね。
その情報を自分が使わなくても、他の人を助けるために使うかもしれない。
人生は、何があるか分かりませんからね。
もしかすると、教える側になるかもしれない。
実際に教えるかどうかは別として、誰かに教えるつもりで学ぶと良いという話を聞いたことがあります。
自分だけで完結する場合、何となくでも問題ありませんが、他者に説明する場合は言葉等を選ぶ必要がある。
そう考えると、誰かに教えるつもりで学んだ方が、より深く考えるでしょうか。
昔、他者に伝えることの大切さを実感したことがあります。
色々なものには、正式名称と呼ばれるものがあることが多い。
正式名称は正式な名前なので、広い範囲で通じます。
人間で言えば本名ですね。
これとは逆に、特定の範囲でしか通じない名前があります。
あだ名ですね。
身内には通じるが、他の人には通じない。
この違いが興味深い。
正式名称を覚えていると、色々な場面で会話が出来る。
試験で考えるといいでしょうか。
算数等で答えを求める。
純粋に計算が出来ても、出題の仕方が変わると解けなくなる。
私は正式名称等を覚えていなかったので、正式名称で問われると苦戦しました。
人物で考えると伝わりやすいでしょうか。
その場にいない人の話をしたいが、その人の本名が分からない。
自分一人で完結する場合は相手の本名を知らなくても問題ありませんが、誰かに伝えるなら名前が分からないと困る。
シュートの人やドリブルの人では誰か分かりませんよね。
具体的な名前を出すと相手に伝わる。
自分だけで完結する場合、勝手にあだ名をつけて本名を知る努力を怠ってしまう。
私の場合、あだ名等で覚えるので相手の本名を知らないことが多いです。(他者と関わるときに苦労する)
「名前を知らない」と悩むか、「何とか選手」と声をかけるか。
指導を他者との会話と考えた場合、聞く側に伝わる表現方法を模索するでしょうか。
仮に、一方的に命令することを指導と考える場合、聞く側の気持ちを一切考えないでしょうね。
同じことを伝える場合でも、相手によって表現を変えた方が好ましいでしょう。
そのためには、他者に興味を持つ必要がある。
指導者は日本人選手を見ているか。
指導者は周りから興味を持たれているか。
どう思いますか。
指導者の質に興味があるなら「下手で無能な指導者が選手と才能を潰す」がおすすめです。